KENJI HIROTA PHOTOGRAPHY

ケンジ世界放浪の記録

シェムリアップで大晦日を迎え2013年が終わる

2014年1月12日
約 5 分

▼カンボジア入国  12/30(月)
これまでの行った国の香港、中国、ベトナムは2週間程度であればビザ無しで滞在する事が出来たが、カンボジアへの入国にはビザが必須で、事前に写真を用意の上、大使館で申請・発行する必要があった。

ただ事前に発行しなくてもバス会社で手数料25ドルを渡せば
写真の用意も無しでビザを発行、入国する事が出来る。
カンボジアは1ヶ月滞在できるので少し余裕のある旅が期待できた。
ベトナムからカンボジアへのバス
 

カンボジアへ入国して、しばらく赤土色の道を進むと食事の時間になり
バスを降りると、ベトナムとは少し雰囲気が変わっていた。

プラスチック製の風呂桶のような器をこちらに差し出し、何事かを懇願する子供が二人待ち構えていた。
お金を欲しがっているようだった。
そうか、これがカンボジアの現実なのかと思った。
 

プノンペン行きのバスは川へ渡る為に大きなフェリーに車ごと乗り込んだ。
川の景色を見ようとバスを降りると、3人の子供たちに囲まれた。
そのうちの一人の女の子が何度も私の体を叩きながら手を合わせて懇願していた。

「ドンタァスミーヨロー、ドンタァスミーヨロー、ドンタァスミーヨロー」

女の子は何度も同じ事を言いながら何度も私の体を叩きながら手を合わせ懇願していた。
どこへ移動してもついてくる。
何もしていない相手にお金を上げる事には抵抗があり、
ごめん、ごめん、何も上げられないんだと言いながらバスへ戻った。

今思えば写真を撮ってモデル料の対価としてお金を払えば良かったかなと思った。
R0019365

 

カンボジアの首都プノンペンに着いたのは夜の19時をまわっていた。
夜のプノンペンは不気味な雰囲気であった。
交通量はそれなりにあるが、歩道にはあまり人がいなく、
歩いていると常に誰かに見られているような、いつ何が起こるのかわからない緊張感があった。
数か月前に銃撃事件のニュースが起こったばかりだった。

と、ドキドキしながら何事もなくホテルに辿り付いた。
宿泊した宿は「Nice Guest House」。シングルルームで4.4万リエル(11ドル)のホテルにチェックインした。
wifiもあり広い部屋で申し分なかった。

 

▼シェムリアップへ  12/31(火)
朝11時、アンコールワット遺跡群のある街、シェムリアップへのバスに乗り込んだ。運賃6ドル

バスは欧米人が多く隣にはフランス人家族の子供が座っていた。
道はあまり整備されていないのか、時折体がバウンドする程の揺れが起こる。

喉がかわき、ペットボトルの水を飲んだタイミングで揺れが起こり、隣のフラン人の子供に口の中の水をぶちまけてしまった。ぶっしゃー!
「あーーww、ごめんごめん!」と謝り、子供は顔を拭きながら笑って許してくれた。ような気がする。

 

シェムリアップに着いたは夜19時頃。
事前に調べていた宿は既に満杯で他に5件程周辺のホテルを回ったがやはり満杯であった。
観光地で新年を迎える人がこんなに多いとは思っていなかったが、よく考えれば当たり前である。

途方に暮れていたが、Wifiを繋ぎに一度満杯だと断られたクロマーヤマトゲストハウスに行ってみると、ドミトリーが一つ空いているの事。
なんという奇跡か。野宿せずに一泊することが出来た。
クロマーヤマトゲストハウスは一泊2ドルで、日本食の食べられるレストランが併設されており、沢山の日本人が集まっていた。
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2階にはプロジェクターに映像が映し出され、日本のNHK紅白歌合戦を見る事が出来た。
時差の関係でカンボジアでは22時に日本のカウントダウンを見る事が出来た。
日本の皆はどんな年末を過ごしているだろうか。と物思いにふけった。
※宿情報と予約はこちら→クロマーヤマトゲストハウス

 

ここシェムリアップではカウントダウンにビールかけでフィーバーする場所があるとの事で、
自分は盛り上がるのは苦手だが、せっかくだからと繁華街へ行ってみた。

中心地であるパブストリートは人でごった返しており、
入場規制されているのか、ビールかけの行われている場所へは入れない状況であった。
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しかし通りには大道芸人が居たり、爆音が鳴り響き街全体がまるでクラブのような雰囲気であった。(クラブへ行った事は無いが。)
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2013年の終わりを告げるカウントダウンが始まると盛り上がりはピークに達した。
そこかしこで歓喜の声が湧き上がり、遠くには花火が打ちあがった。
欧米人や韓国人、カンボジア人が同じ場所で喜んでいる様子は、無条件に楽しい気持ちにさせてくれた。

2014年は海外でこんな形で新年を迎える事が出来た。
2013年は友達と浅草寺で
2012年は家で一人で
2011年も家で一人で
2010年はカウントダウンジャパンという音楽ライブで迎えた。
それ以前は記憶にない。

どれもその時しかない貴重な思い出で、
一人でコンビニの年越しそばを買って、ガキの使いを見ながら新年を迎えるのも大好きだった。

昔の当たり前のような毎日も日本の外から見ると、
それは特別な事のように思えてきて、かけがえのない毎日だったのだと。

これからも、どこに居ても誰と居ても、
一瞬一瞬を全力で大切に生きていこうと思ったのだった。
2013年。変化の多い年であった。

さらば、ありがとう2013年。
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(Last Update:2017年3月18日)