KENJI HIROTA PHOTOGRAPHY

ケンジ世界放浪の記録

世界第2位を誇る迫力のゴッティ鉄橋を渡りティーボーへ

2014年6月16日
約 6 分

ピンウーリンからティーボーへ

▼放浪118日目 2014/4/4(金)
いつもよりはやく起床し、ピンウーリンの宿でさわやかな空気に包まれながら朝食を食べる。
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バイクタクシーで鉄道の駅まで乗せて貰い、小さな窓口でティーボー行きの切符を購入した。

ホームで電車を待つと堂々と線路に人が行き交っている。日本では考えられない事である。
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貨物列車に大きな荷物が入っていく。
幾つも重ねられたザルのような物を運んでいる。
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30分程待ってようやく車内に乗り込む事が出来た。
私の席の後ろにはホームで出会ったドイツ人女性ハンナも居る。
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席に座り窓から外を見ると、また荷を車内に入れている。線路の枕木だろうか。
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世界の車窓・のどかな田舎の風景

よく見ると前方の車両の窓から子供達が顔を出していた。
手を振ってカメラを向けると愛想よく笑ってくれた。
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ようやく電車が走り出すと、線路沿いにミャンマーの”生”の生活が見えるようだった。
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列車は時折ホッピングをするかのような縦揺れを体感する事が出来た。
これぞミャンマー鉄道だ、と大いに喜んだものだ。

しばらく走ると、家が少なくなり山や丘が広がる景色に入る。
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迫力のゴッティ鉄橋

遠くに鉄橋が見えて来た。
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ゴッティ鉄橋と呼ばれていて、1903年にイギリスによって建設された世界第2位の高さのある鉄橋だそう。
私はこの鉄橋を見るために、この列車に乗ったのである。

橋の手前に差し掛かり、列車はスピードを落としゆっくりと恐る恐る渡り始めた。
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少しカーブしているお陰で、列車と橋の全景を収める事が出来た。
世界第2位と言われるだけの迫力がある。
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地元の人も身を乗り出して景色を堪能している。
あまりの高さに縮み上がる。
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列車が橋を渡りきる手前で後ろを振り返ると、またその鉄橋の高さと迫力がわかる。
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ゴッティー鉄橋は予想を超えて見応えがあった。
列車自体が古い事への危機感や、100年以上前に建設された橋の古さと高さのドキドキも混ざっての興奮と感動だったかもしれない。

 

ミャンマーの車窓から

今回の列車の最大の見どころが終わると、後は次の駅に到着するのを待つのみである。
ぼんやりと景色を眺める。
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列車の窓にはガラスが無いので、線路脇に生えている枝や葉も、走る車内にムチのように入り込み顔や体に当たってくる。それも楽しい。
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向うの車両の窓からは子供達が手を伸ばし、風の感触を楽しんでいる。
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向かいの席の年配のお母さんが沢山の食べ物をくれた。
トウモロコシや、アイスクリーム、煎りピーナッツ、湯でピーナッツなど。
最後には何故か爪切りをくれた。
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不意に遠くから雷が鳴りだして、鍋をひっくり返したような雨が降り出し、皆で慌てて車内の雨戸を閉める。
車内には明かりが無いので窓を閉めると真っ暗になってしまった。

 

ティーボー(シーポー)到着

しばらく、大雨は止まないままティーボーという駅に着いた。

傘を差しながらドイツ人女性のハンナと列車を降り、宿の呼び込みの誘われるまま「Lily The home」という宿に泊まる事にした。
ミャンマーの田舎には似つかわしくない、オシャレで清潔で設備のしっかりとしたゲストハウスであった。
スタッフの女性も快活でとても素晴らしい。Wifi、朝食付き、一泊20ドル。
※宿情報と予約はこちら→「Lily The home(Booking.com)
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ティーボーの街歩き

▼放浪119日目 2014/4/5(土)
ティーボーの街を歩いていると、ミャンマーの田舎の風情が残っているように感じる。
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歩いていると、タイで買ったサンダルが壊れてしまった。
雑貨屋を探して新しいサンダルを購入し、しばらく歩くと足の甲と指の間の部分が擦れて血が滲み出て来た。
が、我慢して歩くしかない。サンダルは購入して1週間か2週間かは足に馴染むまで耐えなければいけない。
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街の北へ歩いていると、道を整備しているところに出くわした。
大きな砂利の隙間を埋めるように小さな砂利を撒いて慣らした上に、暑く熱したモルタルをかけて地面を固めている。
作業者には女性も居て、しばらくその働きぶりを見つめていた。
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ティーボー観光・素敵カフェ 「ポップコーンガーデン」

更に北を歩き、宿で貰った地図にあったポップコーンガーデンに着いた。
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どういう場所か良く分からず来てみたが、軽食の出来るカフェのようだった。
メニューからシナモンジュースを頼む。
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のんびり座っていると猫が来たり、店員さんが話しかけてくれたり、子供達が集まってきたり。
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お坊さんの子供達も集まって日本の数字を教えてあげたり。「イチ、ニ、サン、シ」
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気が付くと3時間は居ただろうか。あっという間に時間が過ぎて行った。
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ここには感想ノートのような物があり、私も1ページを使って書き込んでおいた。
日本の誰かが見てくれることを期待したい。

帰り際、心が暖かいお湯で満たされたかのような、やさしい気持ちになった。
素晴らしいカフェだった。

 

日本とミャンマーの歴史

街の南へ歩いていると、道に座っていたおじさんが話しかけて来た。
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日本人と知ると、嬉しそうに「トキョー、フクダ」「スツキ、ヒロシマ」など恐らく当時の軍人さんの名前や、「キンペイ隊」といった軍隊の名前らしき事も口に出していた。
「モッシモッシかめよかっめさんよ~」といった童謡や、「~へいったいっさんよ~」といったフレーズの軍歌も口ずさんでくれた。

何故こんなに嬉しそうに話すのか。

日本とミャンマーの関係を調べると、19世紀イギリスの植民地時代が100年程続いていたミャンマーは、アウンサンスーチーの父、アウンサンさん率いるビルマ国民軍と日本軍が協力して戦った歴史があったようだ。

ミャンマー人にとって日本は、ビルマの独立に貢献してくれた盟友という気持ちがあるのかもしれない。

学生時代、歴史の勉強(その他の勉強も)をしてこなかった私であるが、覚えてる言葉「インパール作戦」や「蒋介石ルート」など、実際に足を踏んで興味を惹かれる歴史がそこにあった。

ミャンマーはイギリス軍と日本軍が激戦を繰り広げた場所だったのだ。

こんな事も知らずに生きていたとは。
歴史も自分自身の実感が伴うと、興味が湧いてくるものである。

世界は面白い。

 

夕日の見える丘へ行き、一日を終えた。
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さらばティーボー

▼放浪120日目 2014/4/6(日)
夕方のバスまで時間があったので、この日も街を歩いた。

日本では出来ないであろう、線路の上をどこまでも歩いたり。
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奇妙なバイクの群集と出会ったりした。
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ティーボーはミャンマーの中部に位置しており、やはり観光の見どころとしては何も無い。
しかし何も無い良さ、ミャンマーの素朴さが滲み出ていて、私はとても好きな場所となった。

これから夜行バスで次の町、「カロー」へ向かう。

つづく

(Last Update:2016年12月21日)