KENJI HIROTA PHOTOGRAPHY

ケンジ世界放浪の記録

独裁国家トルクメニスタン・入国時に電撃的なショックを受ける

2015年6月12日
約 7 分

ウズベキスタンのヒヴァからトルクメニスタンへ

▼放浪290目 2014/9/23(火)
ウズベキスタンの西の果て、ヒヴァの観光を終えた私は次の国トルクメニスタンへと向かう。
 

朝9時。ヒヴァからトルクメニスタンの国境に近い街、シャバットへ向かおうとバス停まで歩くと、次のバスは12:30発だよと運転手は言った。
あと3時間も待たなければならない。ムリだ。

もっと早く行く方法は無いかと地元民に聞いて回ると、ここより北の大きな街、ウルゲンチなら国境行きのバスが頻発しているとの事。
9時30分。やや遠回りする形でウルゲンチ経由で国境へ向かう事にした。
11時00分、ウルゲンチに到着し、同15分発。(運賃:1800スム(約68円))
13時20分、トルクメニスタン国境に到着した。(運賃:2500スム(約95円))

ヒヴァから国境へは、待ち時間を含めて合計4時間程掛かった。

トルクメニスタン入国・腹の立つ係員

お昼過ぎに国境に到着し、ウズベキスタン側の出国をスムーズに終え、続いてトルクメニスタンの入国審査が始まった。

入国スタッフからは、これからどこへ行くのか、どのホテルへ泊まるのか。
出国はいつだと、立て続けに質問を浴びせてきた。
私はどこのホテルに泊まるかを決めていなかった。
 

 ケンジ:「ホテルは決めてないんだが・・。」
 係員:「決めてないじゃない、どこに泊まるか書きなさい。」
 

20代と見える若い入国スタッフは声を少し荒げるように言った。
 

 ケンジ:「いやだからわからないんだ。まだ決めていない。」
 係員:「じゃあ入国する事は出来ないな。ノーエントリーだ!」
 

若いスタッフは呆れたような表情を浮かべ、追い払うような仕草をした。
私は入国拒否されるのではという焦りと、このトルクメニスタン人の態度はなんだとイライラを覚えながら、ガイドブックを広げて適当に見つけたホテルを用紙に書いた。
 

 係員:「OKだ。」
 ケンジ:「(やかましいわ!)」

トルクメニスタン入国・電撃的な出来事

入国拒否は免れた。
荷物チェックで次の場所へ通されると、3人の入国係員の前に机があり、その上に全ての荷物を出した。
これは何か?何に使うのか?係員はひとつひとつチェックをはじめ、それに私は説明を続けた。
荷物の説明を続けながら、ふと電撃が走ったように気が付いた。
 

 ケンジ:「か・・・カメラが無い!」
 

肌身離さずずっと行動を共にしていた、あの大切な相棒(カメラ)がいない。
本体とレンズセットで24万もする高級フルサイズ一眼レフかめらだ!

私の頭は真っ白になり、心は咆哮した。

記億を辿ると、ウズベキスタンの宿で朝食の写真を撮ったのが最後だ。
そのままカメラをソファに置きっぱなしにしてチェックアウトしたみたいだ。

なんて馬鹿な事をしてしまったのだろうか。
たしかに最近カメラを撮る情熱を失い、楽しむ気持ちを忘れていた。そのせいで適当な扱いをしてしまったのかもしれない。
カメラが寂しさを感じ、距離を置きたかったのだろうか。
申し訳無い事をしてしまった。

置き忘れた大切な一眼レフカメラ

いやそんな事よりどうしようか。焦りと緊張に支配され、なかなか思考が働かない。
既にウズベキスタンは出国してしまい、戻るにはVISAが必要だ。
トルクメニスタンにはトランジットVISAで5日間しか滞在出来ない。
もはやイランへ進むしかない。

心がソワソワしたまま、パスポートにスタンプを押され、
9ヶ国目、トルクメニスタンに入国した。

慌てふためき混乱する頭

茫然としたまま建物から外へ出ると、そこはだだっ広い荒野と長い道が続いていた。
R0020142
 

まずは街へ行き、両替と電話をしなければ。
近くに居たタクシーの運転手に街までの値段を聞くと、5ドルで運んでくれるようだ。
恐らく通常より高いだろうが、はやく行かなければという焦りに駆られ交渉することなく支払ってしまう。

国境に近いダショグズ(Daşoguz)という街に着き、運転手から紹介された両替商から、100ドルを270マナトに両替をした。
ここでも焦りから適正なレートかよくわからぬまま、両替をしてしまう。
焦るとロクな事が無い。

ウズベキスタンの宿へ電話したいと運転手に伝えると、電話局に連れて行ってもらった。
運転手に10ドル(恐らく手数料込み)を支払い、ようやくウズベキスタンの宿と電話でつなぐ事が出来た。

 
ケンジ   「もしもし。今日チェックアウトしたものですが、そちらにカメラの忘れ物は無いだろうか?」
ヒヴァの宿 「ああ、たしかにカメラはあるよ。」
ケンジ   「(か、感動)」

 
ヒヴァの素敵な宿、アーリーベックのスタッフが親切にも取り置きをしてくれていた。
しばらく預かるようにお願いし、また再度連絡する旨を伝え、電話を切った。
やはりウズベキスタンは素晴らしい国だ。そしてあの宿も素晴らしい。ありがたい。

ひとまず今日出来る事はやった。まずは次へ進むしかない。
私はダショグズの街から、トルクメニスタン最大の観光スポットである、「地獄の門」へ向けて走りだした。
R0020146

つづく

 

~置き忘れたカメラのその後~

ウズベキスタンにでカメラを忘れた私は、次の国イランで様々な受け取る方法を考えた。

●ウズベキスタンへ戻って受け取る
→イランでウズベキスタンとトルクメニスタンのVISAを取り、来た道を戻って受け取る案。
これは二つの国のVISAを取得する必要があり、お金と時間が掛かり、何よりも面倒なので却下した。

●カメラを現地から郵送で送って貰う。
→幸運にもキルギスで知り合ったJOCV(青年海外協力隊)の人達が、ヒヴァに派遣されている隊員を紹介してくれた。
その人にカメラを預かって貰い、郵送してくれるという話もあったが、
ウズベキスタンでは郵送物が途中で紛失するリスクがあるとの事で断念した。
また世界的に信頼のある配送会社DHLに問い合わせると、ヒヴァは集荷対象外との回答でこれも断念した。

●旅人に運んで貰いイランで受け取る。
→ウズベキスタンからトルクメニスタン経由でイランへ運んでくれる人を、フェイスブックの旅人ネットワークを駆使して探した。
しかし1ヶ月近く経っても運んで頂ける旅人は見つからず、これも断念した。
 

上記のように様々な方法でカメラを取り戻そうと試みたが、どれも実現には至らなかった。

しかし急転直下イランに滞在して1ヶ月程。救世主が現れた。
カメラを預かってくれていた、青年海外協力隊のミワ隊員が、トルコまで運んでくれる人を見つけてくれたのだ。
私は三日後のタイミングに間に合わせる為、急いでイランの首都テヘランからイスタンブールまでバス移動し、一か月半振りにカメラを受け取る事が出来たのだった。

私と一度も面識のないウズベキスタンの隊員達が、重いカメラをバケツリレーの形で受け渡してくれ、
そしてイスタンブールでカメラを受け取った時、私は非常に感動した事を今でも覚えている。
我が人生は人に助けられて生きているのだと、強く実感したものだ。

もうこの大切なカメラを離すまい、と決意をしたのだった。
(その後バルセロナで盗まれたけど・・・。)
 

カメラを運んでくれた、ミワさん、ユミさん、ケンジさん、アキさん、お世話になりました。ありがとうございました。
そしてウズベキスタンの隊員を紹介してくれた、ヒロシ隊員ありがとうございました!
 

次回のトルクメニスタン編、地獄の門編へ つづく