KENJI HIROTA PHOTOGRAPHY

ケンジ世界放浪の記録

イラン・聖地マシュハド-何をしてもつまらない減退していく旅の情熱

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約 7 分

トルクメニスタンからイランへ

▼放浪292目 2014/9/25(木)
午前8時50分。トルクメニスタンの首都アシガバードからイランの国境へ出発。
午前11時30分。イミグレーション到着。何事もなくスタンプを押され、
10ヵ国目のイランへ入国。
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トルクメニスタンとイランは時差がある為、時計を1.5時間巻き戻す。

香港から始めたこの旅も、西へ少しずつ進みながら10か月程経ち、ついには日本との時差が5時間半。
思えば遠くへ来たものである。

 
イラン時間、午前10時。
国境でスタンプの順番待ちの時に、英語の堪能なイラン人の女性に誘われ、
同じ目的地の「マシュハド」へタクシーをシェアすることになり、15ドルを支払う。
思いのほか値段が高く、タクシーよりもローカルバスで行くべきだったと後悔した。
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イランの聖地「マシュハド」に到着

午後13時。聖地マシュハドに到着。

 

イランに入ってガラリと雰囲気が変わった。
これまでの中央アジアの国々(キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタン)は、開放的な遊牧民と殺風景な旧ソ連的な雰囲気を感じていたが、
イランは建物や空気がどことなく東南アジアの、あの懐かしい匂いがした。

中央アジアからのギャップが、そう感じさせたのかもしれない。
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マシュハドの宿「バリズ ホームステイ」

午後14時。事前に調べていた安宿にチェックインした。

バックパッカーに有名な「バリズ ホームステイ(Vali’s Non Smoking Home Stay)」。
一泊10ドル。相部屋、トイレバス共通。Wifiもそれなりに早い。
バリーさんという良く喋るおじさんが経営している。
後半はずっと喋って話しかけてくるので、あー!もううるさいなー!と感じてしまう事もあったが、基本的には良いおじさんである。

朝ごはんと晩御飯も別料金で支払えば食べれる。
奥さんらしきイラン人の家庭料理が味わえて、これがなかなか旨いので一度は食べてみても良いだろう。
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宿の場所はGoogle Mapに出ていた。
迷ってもイラン人は親切なので聞けばすぐに教えてくれるだろう。

 

マシュハド観光・ハラムへ

▼放浪293目 2014/9/26(金)
ここ、マシュハドはイスラム教シーア派の聖地で、
イラン国内はもとより周辺諸国からも多くの巡礼者が訪れるらしい。

街を歩いて目につくのが、顔から服まで真っ黒なベールに包まれた女性達だ。
かつてタイのバンコクでムスリム地区に迷い込み、生まれてはじめて全身黒装束の彼女らを見た時は衝撃を受けたものだ。
道の角から突然ぬっと黒ずくめの女性三人組が現れ、隙間からギョロリとした目だけが見えた時、思わずわっと声をあげてしまった。
ここマシュハドはそんな人ばかりなので、もはや全然びっくりはしない。
人は色々なことに慣れていくようだ。

 
この街の中心にはハラムと呼ばれる宗教施設の集まった広場があり、
多くの巡礼者が集まっている。
異教徒や我々観光客でも入れるとの事だ。

入口で荷物チェックがあり、カメラの持ち込みは禁止されていた。
私はコンパクトカメラを持っていたが、これも荷物預かり所に渡さなければならないと指示された。
だが携帯での撮影はお咎めなしのようだ。

一通り広場を歩いてみたが、巡礼者にとって特別な場所であるのだが、
私にはただ人の集まる広場にしか感じられず、感慨はなかった。
ウズベキスタンでもモスクは沢山見てきてしまったので、見慣れてしまったのもあっただろうか。
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後で知ったが、このハラムには黄金のドームという建物があり、
中には故エマーム・レザーさんの棺があり、
そこでは巡礼者が泣き叫び、涙する人々の姿があるらしい。
私も奥へ行ったが、そのような光景を見ることはなかった。

イランで一番良かった観光地に、ここマシュハドを上げる人も居たが、
残念ながら自分の心に触れるものは何もなかった。
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一週間前にウズベキスタンにカメラを忘れたショックや、写真を撮ることの情熱、
旅への情熱も、この時かなり冷めていたのも原因かもしれない。

私は腑抜けた状態で、旅をしていた。

 

マシュハド観光・街歩き

▼放浪294目 2014/9/27(土)
前の前の国、ウズベキスタンにカメラを忘れ、どうにかここマシュハドで受け取る方法は無いかと、
国際郵便でトルコへ送ってもらうかなど、色々頭を巡らせていた。

どれも解決への道は見えなかった。
ひとまず、街を歩く。
 

宿の近くにはフルーツシェイク屋があり、バナナジュースの中にカシューナッツ?が混ぜられていて、これが何とも旨かった。
私のバナナシェイク史上、5本の指に入るだろうか、いやそれは言い過ぎか。
場所はたしか宿から通りに出て右へ曲がり、大きな交差点を左に曲がり、右手の区画だったと記憶している。

 
イランに入り変わったのが、文字がペルシャ語に代わって全然読めなくなってしまった事だ。
これまで中央アジアのロシア語の文字はなんとなくアルファベットに共通するものがあり、無理やり読むことが出来た。

ペルシャ語はミミズがのたくったようにうねうねとした文字で訳ががわからない。
数字も同様で、バスの席やサンドイッチの値段表示もすべてペルシャ文字だった。
買い物をするには、これを覚えるしかない。
しかし、こういう不便なことが、旅を面白くしてくれるスパイスの一つでもある。

 

▼放浪295目 2014/9/28(日)
昼過ぎ、4か月前に中国の昆明で会った日本人、ガク君がタイミング良くマシュハドに来た。
彼はイランの観光を一通り終えて、これから北上しトルクメニスタンへ抜けるらしい。

カメラを忘れ、旅の意欲は薄れ、呆けたような私を見て、少し驚いていた様子であった。
私のことをもっと元気な男だと思っていたのかもしれないが、タイミングが悪かったようだ。

彼の写真は、いつも嫉妬してしまう程にかっこいい。
アフガニスタンの写真など、とても痺れて憧れてしまう。

そんなカッコイイ写真満載のガク君のホームページはこちら。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
GAKU PHOTOGRAPHY

 

▼放浪296目 2014/9/29(月)
夜、ガク君とハラム広場へ。
マシュハドはここくらいしか見どころがない。

今回は入口で待たされたあと、ガイドが付き添ってきた。
広場内に入るとき、基本的に観光客はガイドと一緒に行動するのが決まりのようだった。
ガイドと言ってもお金を徴収することはしない。

今日は一度目に来た時よりも人の数が多かった。
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何百人ものイスラム教徒が一斉に祈る姿には、圧倒されるものがあった。
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イランでは、歩いていると多くの人に気さくに話しかけられる。
そして歓迎をしてくれる。

ウイグル自治区のカシュガルから、ずっとイスラム教の国を巡ってきて、
彼らムスリムの心の温かさ、優しさを感じる事が多かった。

やはりそこでも気軽に声をかけてくれる。
私は右手を胸に当て、「サラマレイコム」というムスリムの挨拶が好きだった。
(※イランでは「サラーム」)

何故こんない優しくしてくれるのか。
イスラムには、「旅人をもてなす心を持ちなさい」という教えがあるらしい。
本来は巡礼者へ向けたものなのだろうが、我々旅行者にも本当に良くしてくれる。

ここイランではそれが強く感じる国であった。
 

マシュハド最後の日、次の街へ

▼放浪297目 2014/9/30(火)
忘れたカメラを取り戻す方策はすべて尽くした。
ひとまず私はマシュハドを離れる決意をしてバスチケットを購入した。

次の街、ゴルガーンへ移動する。

つづく

(最終更新:2017年7月26日)
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