世界放浪2年の中盤、私は中央アジアのウズベキスタンを旅していた。
首都のタシケントから、鉄道を使い西へ西へと進む途中、サマルカンドという街にたどり着く。
観光地としてウズベキスタンの中でも最も有名な場所で「青の都」とも呼ばれている。
本記事は、サマルカンドの観光情報や宿泊した安宿情報を記録した旅行記である。
(*本記事は2014年9月に滞在した情報をもとに作成しています)
鉄道でタシケントからサマルカンドへ
▼放浪283日目 2014/9/16(火)
午前8時半、ウズベキスタンの首都タシケントの鉄道駅から、列車でサマルカンドへ移動する。48,200スム(1824円)。
※自動車ルートが表示されていますが、実際は鉄道のルートです。
ベトナム系オーストラリア人のティン君と、イギリス人青年ペトン君と共に列車に乗り込む。
車内は清潔感があり、安心して移動出来る雰囲気だ。
テレビモニターもあるし、もしや高い座席のチケットを買ってしまったのだろうかと不安になる程に豪華だ。
駅から街の中心地まで3人でタクシーを使い、1人3500スム(133円)で交渉成立した。
サマルカンドのおすすめの宿「バハディール(Bahodir)」
サマルカンドで宿泊した宿は、バハディール(Bahodir B&B)。
一泊10ドル。朝食付き。wifiあり。
評判が良かったので宿泊したが、トイレとシャワールームが半地下にあり、設備が古くやや不快感があった。
スタッフやここで出会った旅人と心地よい交流ができたので、結果オーライと行ったところか。
場所はレギスタン広場に近く便利である。
宿情報と予約は以下にて
👉 「B&B Bahodir(Booking.com)」
宿に滞在していたベテラン女性バックパッカー
宿には数人の日本人が滞在していた。
若い頃にバックパッカーをして、子育てが終わりまた最近になって旅を再開させた女性。
この女性からは世界各地、沢山のお勧めの場所を教えて貰った。
ニュージーランドの「世界一美しい散歩道」の話は特に引き込まれるように聞き入った。
旅に少し疲れていた私に、彼女から「まだまだ!南米を行かずして旅を終えてはダメよ!」と釘をさされてしまった。
年を重ね、覇気が抜け、楽しみもなく生きている大人を多く見かける中で、
私はこの女性の生き生きとした姿に元気を貰い、
ああこんな風に年齢を重ねれたらいいな、と強く思ったのだった。
サマルカンド観光
レギスタン広場
ここ、サマルカンドは「青の都」と呼ばれている。
どれだけ青いのかと思い期待したが、実際に青かったのはレギスタン広場のモスクだけだった。想像よりは全然青くはなかった。
入場料は15,000スム(570円)
ボクシングの試合
駅の方へブラブラと歩いていると、男性が手招きをしていた。
言われるままに建物の中へ入ると、リングがありボクシングをやっている。
入場無料みたいなので、図々しくも写真をバシャバシャと撮らせて貰う。
ウズベキスタンとボクシングというのも結びつかなかったが、広く浸透しているスポーツなのだろう。
夕暮れも近くなってきたので宿へ戻る事にする。
シャーヒ・ズィンダ廟群
▼放浪284目 2014/9/17(水)
ウズベキスタンは宿の値段が中国や東南アジアと比べると少し高いが、朝食付きなのが素晴らしい。
メニュー概ね、パンとチーズとハム、ジャムやヨーグルト、お茶、というが一般的だった。
今日は宿で一緒だったオーストラリア人のティン君と、キルギスで会ったマユミちゃんと共に、「シャーヒ・ズィンダ廟群」へ行く。
ここはイスラム教の預言者ムハンマドの従兄、クサム・イブン・アッバーズが、異教徒に首をはねられてもなお礼拝を続け、現在も地下深くで生きているとされている聖地。
相変わらず無知な私はいくら「聖地」と言われても、興味をそそられる事が無かった。
グーリ・アミール廟
シャーヒ・ズィンダ廟群を後にし、次は歩いて「グーリ・アミール廟」へ。
かつて繁栄を誇ったティムール朝の家族のお墓らしい。
外観の迫力も素晴らしかったが、内観の装飾も素晴らしい見応えである。
イシュラトハナ廟
立て続けに、「イシュラトハナ廟」を訪ねた。
ここもティムール朝の女性や子供が眠っている。
地震で崩れてしまい、ほとんど廃墟のようで、町はずれにあるからか観光客は誰1人居なかった。
中に入ると、野良犬一匹と学校帰りの子供とバッタリ出会ったくらいなもんで。
フッジャ・アブディダルン廟
イシュラトハナ廟を後にして、そのはす向かいにある「フッジャ・アブディダルン廟」を訪れた。
池のある中庭が良いとの事で見てみたが、特に良いと思われる事は無かった。
ただ、時が止まったかのようにのんびりとした空間だった。
サマルカンドを振り返って
観光ビザの期限が迫っていた為、1日急いでザッとではあったが、サマルカンドの観光が終わった。
長旅の疲れや、感動が磨耗していた時期だった為、
サマルカンドの大きなモスクなどを見ても、残念ながら心に響くものは無かった。
歴史的背景を勉強した上で、訪れるべき場所だったのかもしれない。
サマルカンドの人々の笑顔
私は観光地よりも、途中の道で会う地元の人達の人懐っこさの方が印象に残った。
少し歩くと、風情のある街並みを見かける事も出来た。
ウズベキスタンのVISA有効期限が、あと一週間と迫っていた為、急ぐように移動しなければならない。
今日の夜行列車で次の街、「ヌクス」へ向かう。
つづく